セクサールドのカダルカ

 11月は新酒の季節、ヨーロッパのワイン生産国では、それぞれに決められている解禁日を心待ちにしている事だろう。オーストリアをはじめ中欧各国では、11月11日の聖マルティンの日を解禁日とする地域が多い。以前の記事にも書いたとおり、聖マルティンの日には新酒を開け、ガチョウを食べる慣わしがある。「聖マールトンの日にガチョウを食べない人は、丸一年、空腹で過ごす」と言われ、この日にガチョウを食べれば、その一年空腹に悩むことはないらしい、冬至にかぼちゃを食べたり、ゆず湯に入ったりと、日本でも知られている冬を乗り切るためのゲンカツギとよく似ている。ハンガリーでも西部や南部のワイン生産地域では聖マールトン(ハンガリー語)の日が新酒の解禁日となり、ガチョウを食べて一年の健康を祝う。
 ブダペストから約150キロ、ハンガリー南部に位置する小さな町、セクサールド。クロアチア国境近くにある赤ワインの産地ヴィッラーニに比べると、国際的には知名度はやや劣るかもしれないが、ハンガリー国内ではヴィッラーニ同様に、上質な赤ワインの産地として知られている。ハンガリーを代表する赤ワイン「ビカヴェール(牡牛の血)」はエゲル産が有名だが、ここセクサールドでも生産されている、ハンガリー国内でビカヴェールを生産できるのはエゲルとセクサールドの2つの産地のみに限られているのだ。ビカヴェールをつくるためには2から3種類の品種がブレンドされるのだが、その配合は各ワイナリーによって守られていると言う。
 セクサールドで作られているブドウの品種は、まずケークフランコシュ、この町で生産されている赤ワイン用のブドウの約3分の1近くを占めている。さらにツヴァイゲルト、メルロー、カベルネ・ソーヴィニョン、カベルネ・フランクなど、そして、この土地らしいカダルカという品種ががある、オスマン帝国の侵略から逃げ延びたセルビア人が持ち込んだと言われるバルカン半島が原産の葡萄だ。香りがよく、明るいルビー色に、柔らかな酸味、他の品種とのブレンドワインに好まれて使われていて、ビカヴェールのブレンドワインとしても知られている。セクサールドを代表する品種だったカダルカだが、霜に弱いなど手がかかり、社会主義時代にケークフランコシュなど他の品種に植え替えられ、その生産量は激減した。近年、生産量はまた少しずつ増えてきているようだが、生産量が少なくてもセクサールドを代表する品種であることは変わりない、セクサールドのワインメーカーからは、この町の赤ワインを有名にしたカダルカには特別な思い入れが感じられる。また、カダルカから、古くからあるワインの種類「Siller」をつくるワイナリーもある。軽めの赤ワイン、色も明るく、赤ワインとロゼの中間くらいで透明感があり、フルーティな口当たりが心地よいワインだ。
 セクサールドでも聖マールトンの日が新酒の解禁日、11月11日から週末にかけて、レストラン、そしてレストランを併設しているワイナリーは、ガチョウのスープ、フォアグラ、もも肉のローストなど、ガチョウ満載メニューとワインテイスティングをセットにしたディナーコースなどを用意している。ハンガリーのワインの生産地では、ワイナリーがペンションを併設しているところが増えてきているので、ワイナリーを訪ねる週末の旅行も人気だ。これからさらに注目されるだろうハンガリー赤ワインの産地で、新ワインと脂の乗ったガチョウ料理、冬本番に備えてゆっくりとディナーを楽しみたい。
(すずきふみえ:ブダペスト在住)■

月刊 酒文化2010年11月号掲載