ザカルパッチャのメロディー

 ウクライナの最西端、ルーマニア、ハンガリー、スロヴァキア、そしてポーランドと国境を接しているザカルパッチャ州、カルパティア山脈が連なる、起伏のある地形、現在はウクライナの領土だが、かつては、チェコスロヴァキアやハンガリーの領土だった事もあり、歴史と文化の入り組んだ土地でもある。そこに住む人々も、ウクライナ人、ルシン人、ハンガリー人、ルーマニア人、ロマ(ジプシー)、ユダヤ人、山岳民族のフツルなど様々だ。
 ザカルパッチャ南部、ティサ川のほとりに、Tyachiv(ティャチヴ)と言う町がある。ティサ川の向こう側はルーマニア、伝統文化の色濃く残るマラムレシュ地方だ。この町にも、この地方に伝わる音楽を演奏するバンドがある。ヴァイオリン、バヤン(ボタン式のアコーディオン)、ツィンバロム(ピアノや琴のように張られた弦を、両手に持ったスティックでたたいて音を出す打弦楽器)、そしてドラム。兄弟、いとこ、婿など、音楽家の家系で構成されているバンドで、平均年齢は50歳を超えるベテランの楽士たちだ。
 彼らの奏でる音は、親から子へと継がれた、その土地に代々息づくメロディー。結婚式や洗礼など、パーティでは、彼らの生演奏にあわせて歌い、踊る。バンドは、この地方に住む民族、フツル、ルシン、ハンガリー、ロマ、ユダヤなどのメロディーやリズム、歌もよく熟知していて宴を盛り上げてくれる。彼らはハンガリー語も話すので、ここ数年、ハンガリーにもたびたび招待されてコンサートやフェスティヴァル、またカフェやバーなどでも演奏している。
 このバンドのメンバーの1人は全く酒を飲まないのだが、後の3人はよく飲む。夏の暑い時期のイベントなどでは、ビールは水代わりに飲んでいるし、夜はウォッカなどのショットが加わる。アルコールが入っても演奏には全く支障がない。一度、ブダペストのバーで、ドラム奏者がかなり酔っぱらっているのを見た事がある。それでも、演奏が始まると、彼の繰り出すリズムは正確に刻まれていて、感心してしまった。
 数年前、ハンガリーの映画会社が、彼らのドキュメンタリーフィルムを制作した。タイトルは『最後のコロムイカ』、コロムイカとはウクライナ南西部に伝わるフォークダンスの事だ。ブダペストの映画館で試写会があった。映画のエンディングに彼らの音楽が流れる。と、そこに生演奏が重り、スクリーンの前にバンドのメンバーが演奏しながら登場した、ハンガリーらしい、粋な演出だ。その後、場所を移して映画完成記念のパーティが開かれ、ボグラーチと呼ばれる大鍋で煮込んだパプリカ風味のシチュー「プルクルト」、そしてワインとウォッカが振る舞われた。
 パーティの途中で、明るい群青色の液体が注がれたショットグラスが並ぶトレイが出現した。友人でもある主催者の1人に、何の酒だか聞いてみたら、とりあえず飲んでみろと言われる。ほのかに甘く、さわやかなベリーの香りが鼻に抜ける、ホームメイドのブルーベリー・リキュールだ。市販のリキュールとは違って、べたつくような甘さが無く、きりりとした喉越し、アルコール度は高いけど、さわやかで飲みやすい。作り方を聞くと、大量のブルーベリーをパーリンカ(果物で作る蒸溜酒)で漬け込んだだけだと言う。彼は笑いながら、出来の良くないパーリンカを飲めるようにするには、うってつけのレシピだと教えてくれた。バンドのメンバーもショットグラスでガソリンとなるウォッカやリキュールを流し込み、そして夜遅くまで演奏が続いた。
(すずきふみえ;ブダペスト在住)

月刊 酒文化2011年02月号掲載