ザカルパッチャからニューヨークへ

 大好きなウクライナ、ザカルパッチャ地方のバンドが、去年の秋、ニューヨークで開かれたフェスティヴァルに招待され渡米した。メンバー四人とも初めてのアメリカ、うち一人は、飛行機に乗るのも初めてで、直前まで飛行機が怖いから行きたくないと言っていた。そんな彼らのニューヨーク滞在に同行する機会に恵まれた。
 わたしは現地で合流したのだが、ウクライナから同行してきた友人から、ニューヨークに到着するまでもひと騒動だったと聞かされた。彼らの住む町から、首都キエフまで、列車で一〇時間以上かけて移動、やっと到着した空港で、アメリカには持ち込めない大量の食料を没収されたらしい。長旅にチーズやサラミ、パンなどの食料を携帯するのは、東欧ではまだまだ一般的な習慣だ、まして、食の合わないかもしれない外国に行くとなると、よけいに食料が増えたのだろう。
 事前に液体の機内持ち込み制限について伝えてあったのだが、飲料水、そして、予想通りと言おうか…ウォッカも手荷物に入っていた。また、ドラムの上に乗っているシンバルを叩くバチとして使うアイスピック、彼らにとっては立派な楽器でも、機上では危険物、これも預ける荷物に入れるように伝えてあったのに手荷物の中、当然セキュリティーで引っかかる。没収される訳には行かないので、一旦預けた荷物を呼び戻して、入れ直したらしい。
 ホテルにチェックインして、一息ついた後、周辺をのんびり散歩した、目新しい風景に、たびたび足が止まる。数ブロック先に、リカーショップがあった。入り口の看板には、五時からワインとウォッカの無料の試飲があると書いてある。ちょうど五時過ぎたところだったので店内へ。ワインの試飲販売をしている若い女性が、実はウクライナ出身だと分かり、ウクライナ語のおしゃべりに花が咲く、こんなハプニングも移民の街、ニューヨークらしい。
 フェスティヴァル当日、楽屋には、軽食と飲料水やジュース、そしてビールにライトビールが用意されていた。ビールはあっという間に無くなったけど、ライトビールは最後まで大量に残っていた。ふだんはビールを水のように飲むのに、ライトビールはよほど口に合わなかったらしい。朝は、アメリカのコーヒーは紅茶のようだ、ふつうのコーヒーが飲みたいと愚痴もこぼしていた。
 予定されていた二つのコンサートも大盛況で幕を閉じ、最終日、彼らを空港に送り届けるまで、時間があったので、巨大なハイパーマーケットに出向いた。服、電化製品、食料品売り場など、いろいろ見てまわったが、アメリカ人にとっては格安のセール品でも、彼らにとっては高価に感じるらしく、財布の紐は固く縛られたままだった。
 そんな彼らが、最後に財布の紐を緩めた店があった。それは、ホテル近くの小さな酒屋、彼らが買い求めたのはウイスキーだ。ウォッカ大国のウクライナ、コニャックやブランデーはあっても、ウイスキーは輸入品の高価な酒、彼らにとって、価値のある外国みやげになる。雨の中、酒屋とホテルを行ったり来たり、ウイスキーの瓶の数が増えていく。手荷物に入れられない事はさすがに承知して、せっせと預ける荷物に詰めている。税関で没収されないかと、心配になるが、それは彼らに任せよう。そんな心配以前に、ニューヨークの空港で、アイスピックが手荷物に入っていて、最後までドタバタしたのだけど。
(すずきふみえ・ブダペスト在住)

月刊 酒文化2011年03月号掲載