悲しい事故

 今年の1月、ブダペスト市内にあるナイトクラブで悲しい事故が起きた。土曜の夜、何人ものDJが出演するダンスパーティのイベント、混み合う店内で、何らかの理由でパニックに落ち入った客が、出口に一気に押し寄せ3人が亡くなったのだ。犠牲となったのは17歳〜24歳の若い女性達だった。
 事故があったのは、このコラムにも何度も登場している「廃墟バー」のひとつ、10年前にオープンした、廃墟バーの先駆けともなった店だった。取り壊しの決まった建物を期間限定で借り受けクラブをオープンし、契約が終了すると、店の名前はそのまま、別の廃墟に新たな店を作る。移転するたび、少しずつ規模も大きくなり、ダンスフロアやコンサートが開けるほどのイベントスペースも作られ、ここ数年は西駅の向かいの古いデパートの建物を利用して営業していた。事故直後、90日の営業停止を言い渡されたが、その後、閉店する事が決まった。店の責任者やイベントの主催者は、警察の取り調べを受けていて、刑罰を受ける可能性もある。
 旧デパートのフロアを利用したイベントスペースは、市中心では大きめのサイズだった。事故当日のパーティでは、入場券は約2800枚売れていて、パニックの起こった夜11時頃は、すでに2500人ほどが入場していたらしい。過去には約4500人が集まったイベントも問題なく開催されたと言うが、事故後の報道では、この店のイベントの開催許可は300人までともあった。ブダペストのクラブやバーは営業に必要なライセンスを揃えていない店もあるし、館内の表示、非常口のサインなど、消防や警察がしっかり調べたら、いくらでも問題点がわき上がってくるだろう。
 事故のあった翌週、いくつものナイトクラブが臨時休業した。事故を受けて、クラブやバーに警察や消防の検査が入る事が予想され、営業ライセンスを取り上げられるくらいなら、一時的に閉店したほうが店への損害が少ないとの判断もあるらしい。数週間にわたって休業したクラブもあった、その間に必要なライセンスをすべて取り揃えたのかどうかは疑問なのだが。
 ハンガリーでは18歳未満へのアルコールの販売が禁止されている。店によっては身分証明書の提示を求める事もあるし、イベントなどでセキュリティが入り口でチェックする事もある。それを予想して、兄姉や友人から身分証明書を事前に借りてきて、すり抜けるティーンエイジャーもいる。事故の起こったパーティは10〜20代のとりわけ若い世代をターゲットに開催されているダンスパーティだった。入場料は800Fフォリント(約350円)、最近では新作の映画1本1000フォリント以上はするので格安と言えるだろう、学生でも払える金額だ。ブダペスト市中心の店では、ビール1杯400〜500Fフォリントする、決して高くはないが、それでも学生だったら何杯も酒を飲むほどの余裕は無いだろう、店としては酒を売って儲かる客層ではないので、イベントスペースをパーティ主催者に貸し出しする、パーティ主催者側はチケットを安くして集客率を上げ売上を出す。
 知り合いから話を聞くと、店は改装して、資金繰りが思わしくなく、大きなイベントが必要だった。事故の起こったパーティは、ティーンエイジャーをターゲットにしている事もあり、以前にも、別の会場で空き瓶を投げ合って騒ぎ立て、警察が出動するような騒動を起こしていたらしく、トラブルメーカーとしても知られていたのだと言う、それでも何千人もの客が見込める大きなパーティは魅力だ。店としては何か迷惑なことが起きるのではとの不安はあったらしいが、まさか、それが人の命に関わる事になるとは思いもよらなかったのだろう。
 事故翌日、店の前には多くの人が集まり、数えきれないほどのろうそくが並べられた、事故から1ヶ月経っても、夜になると店の前にはいくつかのろうそくが灯っている。今後このような事故が起こらない事を切に願う。
(すずきふみえ:ブダペスト在住)

月刊 酒文化2011年04月号掲載