ブラジルの甘酒

 南半球のブラジル・サンパウロでは、日本の夏である6月、7月、8月は冬ということになる。アマゾンなど赤道近くの熱帯は、雨期と乾期だけで日本人がイメージする年中暑いブラジルそのままだが、私の住むサンパウロにはちゃんと冬がやってくる。
 サンパウロの冬がどんな感じかと言うと、さすがに雪は降らないのだが、10℃前後には冷え込み、セーターも必要なほど寒くなる。ちょうど日本の11月12月ぐらいの寒さだ。冬の到来を思わせる第一の寒波がやって来る6月にブラジルでは、「フェスタ・ジュニーナ(6月祭)」というお祭りが行われる。
 この祭りはブラジルではあまりに当たり前すぎて、来て間もなくの頃、私が「フェスタ・ジュニーナを知らない」と言ったら、その人はびっくりして「あんた、フェスタ・ジュニーナも知らないのかい」と驚かれた覚えがある。それほどブラジルでは全土的に有名なお祭りなのだ。
 どんなものかと言うと、一種の収穫祭のような感じ。つまり、起源は日本の秋に作物の豊作を祝ったように皆で感謝し、昔ながらの格好で輪になって踊ろうというものではないだろうか、と勝手に想像している。
 具体的には、老若男女、みんな頬っぺたに丸く赤い紅をさし、そばかす、無精ひげなども描いて、カントリー(田舎)風の格好をする。服装も男の子はチェックのシャツと破れたGパンなどで、カウボーイ風のスタイル。女の子も昔風のフリフリのスカートに髪をおさげにし、麦わら帽子などをかぶる。そして、カントリーミュージックさながらのフェスタ・ジュニーナの音楽に合わせて、フォークダンスのように男女が手を取り合って輪を描きながら踊るのである。
 この祭りはブラジルのほとんどの学校で、必ずと言ってもよいほど行われ、子供はもとより、ノリの良いブラジル人は大人でも頬っぺたを赤く塗り、麦わら帽子などをかぶって踊りまくる。
 このお祭りが学校やボランティア団体などでは、ある意味、資金源ともなり、そのフェスタの最中、出店のような感じでホットドックやケーキ、ポップコーンなどが売られたりする。そして、それらの菓子と共に必ず登場するのが、「カンジッカ」と呼ばれる白いトウモロコシを甘く煮詰めたドロドロした食べ物と、「ケントン」、「ビーニョ・ケンチ」という飲み物だ。
 まず、「ビーニョ・ケンチ」とは何かというと、赤ワインを暖めたもの。つまりホットワインだ。ただ、日本では考えられないほど、お砂糖を入れ、煮詰める場合が多く、どれほど飲んでもあまり酔っぱらう事がない。ただ、初冬の寒い時期に昼夜構わず、野外で行われるお祭りのため、その甘いワインがとても体を温めてくれる。
 そして、「ケントン」というのは、ブラジルの焼酎カシャーサ(火酒)に生姜とニッキや砂糖を入れて暖めたもの。この2つのお酒がこの祭りでは欠かせない飲み物の定番なのだ。
 どちらもグツグツと煮込むせいか、ほとんどアルコール分が無くなり、まるでお子様の飲み物のようなお酒なのだが、冷え込むこの時期に飲む「ビーニョ・ケンチ(=ホットワイン)」や「ケントン」は、たしかに身体が温まって、シャレではないが「ホッとする」飲み物。ちなみに、「ケンチ」の直訳は「熱い」という意味で、「ケントン」はその最大級を指し、「めちゃくちゃに熱いもの」ということになる。
 私はどちらかと言うと、ビーニョ・ケンチよりも「熱い」ケントンの方が好きで、2杯目のお替りは、断然「ケントン」に軍配が上がる。寒いフェスタ・ジュニーナのお祭りの最中に、暖かいケントンの入ったカップを両手で握って、手と身体を温めながら飲んでいると、なぜか味はぜんぜん違うのにお正月やひな祭りに飲む「甘酒」を思い出す。
 私にとっての「ケントン」は、懐かしい日本の正月やひな祭り、そして甘酒を思い出させてくれる、ブラジルの甘酒なのだ。
(おおくぼじゅんこ・サンパウロ在住)

月刊 酒文化2009年10月号掲載