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ウィーンを拠点に活躍するオペラ歌手の中嶋彰子は、5年前から毎年、若い舞台人を育成する群馬オペラアカデミー「農楽塾」を開催、総監督を務めている。場所は群馬県の東の端、都心から約60kmの板倉町。演奏の指導だけなく、農業を体験し、伝統芸能に触れ、地元の人たちと交流しながら合宿するカリキュラムで、昨年は地元の酒蔵に自ら田植えをした米で酒をつくってもらった。そんな彼女に、なぜオペラで農業なのか、日本人の演奏家が海外で活躍するために何が足りないのか、そしてこのプロジェクトは何を目指しているのかを聞いた。
■表現力の素となる実体験
農楽塾は2つの顔がある。ひとつは、春、田植えの時期の新人育成プログラムだ。キャリアや年齢を問わず約20名の参加者を募り、海外留学や海外でのオーディションに役立つ語学特訓、舞台表現の基礎、声楽技術のトレーニングをおこなう。もうひとつは、秋、収穫時期におこなう秋期公演会。プロとオーディションで選ばれたキャストが一緒に稽古し、舞台に立つ。稽古場は田圃のなかにある小さな公民館。塾生たちはここで合宿し、地元のボランティアが食事や送迎など滞在中の生活をサポートする。
このように大勢の人が関わるプロジェクトをリードするには、精神的にも物理的にも大きな負担がかかるが、公演で世界中を飛び回る多忙なスケジュールを割いて、中嶋は農楽塾を進める。
−− 忙しいなか、金銭的な報酬は期待できない農楽塾を、なぜお進めになるのでしょう。
中嶋 ずっと第一線で歌っていると、教えて欲しいと慕ってくる方が出てきます。忙しくてできないからと断っても、どうしてもという方が増えてきます。そんな時に短期のオペラアカデミーで教える機会があり、やってみると歌だけでなく表現の仕方や舞台の進め方など、私の経験を伝えたいと思う気持ちが強くなりました。受講した方から、『東京でもアカデミーを開いてください』と言う声がたくさん出て、開催してみたのですが、うまくいきませんでした。5分前でないと練習場に入れないとか、椅子を使うと一脚いくらとか、窮屈で稽古どころではありません。
板倉町は両親が20年くらい前に引っ越し、時々帰国すると訪ねていました。東京から近いのですが田んぼの広がる長閑なところで、帰るたびに両親が板倉に馴染んでいくのがわかりました。ここなら思いどおりにオペラアカデミーをできるかもしれないと感じて、始めたのが5年前です。公民館をお借りして、最初は塾生も私もお寺に泊めていただいて練習を重ねると、たしかな手応えを感じました。
−− なぜ、農業体験をカリキュラムに入れているのですか。
中嶋 歌は机に向かって勉強するものではないからです。日本で音楽を勉強している人は、知識偏重のせいかとても固い感じがします。それが同じ釜の飯を食って、田圃で泥んこになって、地元の方と神楽を舞っていくうちに、人が変わったようにいきいきとしてきます。
身体で表現するのですから、食べるものへの感謝の気持ちは欠かせません。いつも食べているお米はどうやってできるのか、誰がつくっているのか、目の前の魚はどのようにして食卓に並んだのか等々、生きる力の源を知らずに人を感動させる表現をできるはずがありません。
日本ではクラシック音楽というと、3歩くらい引いておとなしく演奏しているイメージがありますが、とても熱く激しいものです。オペラは音で人を表現します。悪役が登場する場面ではおどろおどろしく演奏する。ストーリーが大事で、『ここはフォルテで』というような表面的な演奏では済みません。
−− 去年お酒までつくったのは、表現力アップに欠かせないからですか?(笑)。
中嶋 もちろんです!(笑) 農業体験をサポートしてくださっている農家の方が知り合いの蔵元に繋いでくれて、酒米を植えてお酒にすることにしました。自分たちのお酒で打ち上げができたら素敵じゃないですか。出演した皆でサンプルを試飲して、どんなタイプにするか決めました。蔵元は「日本酒はワインと違って年によって良し悪しはない。技術で狙った味にできる。みんなの好みの味に仕上げるから楽しみにしていて」と。その言葉どおりのおいしいお酒になりました。
−− お酒がお好きなのですね。
中嶋 ええ、好きですね。ウィーンに住んでいる理由のひとつは、近くにワイン畑があるからです。毎年、秋にワイナリーに散歩に行って新酒をいただくのが楽しみです。
■歌はスポーツ 足りないのは勇気と語学力
農楽塾の講師は中嶋の仲間で、海外で活躍する現役の一流アーティスト達だ。世界に羽ばたく夢を抱く若者にとって、彼らに稽古をつけてもらうだけでなく、一緒に生活することから得るものは多い。また、中嶋は歌手としてだけでなく指導者としての評価も高く、今年9月に日本人で初めてウィーン私立音楽・芸術大学(旧ウィーン市立音楽院)の教授に就任した。直接指導を受ける絶好のチャンスである。
−− 農楽塾は海外で活躍できる舞台人の育成をテーマにしています。日本人アーティストには何が足りないのでしょうか?
中嶋 ひと言で言えば「勇気」です。日本の教育の影響もあると思いますが、優秀なのにどこかでブレーキをかけてしまい表現しきれない方が多い。歌はスポーツと同じで、ここぞという時に力を発揮できる決断力が要ります。ハイジャンパーが大舞台で狙った高さを跳ぶような気持ち、歌もこの音を出すぞ!という気持ちが大切です。
私は舞台に上がると気持ちが奮い立つ性質で、レース馬のように気持ちがガーっとなる。役に入り込みすぎて自分がわからなくなるようなこともあります。何日間も蝶々夫人をやった時には舞台を降りても自分に戻れなくなったり、人を殺す役ではナイフを見てどう刺したら殺せるだろうと考えていたりします。
もうひとつは語学力です。外国語で話したり書いたりする勇気。日本の教育は基本的なスタンスが“間違えてはいけない”なので、子供たちは答えは正しくなければいけないと考えてしまいます。何年間も英語を勉強しているのに話せないのは、間違えても構わないから話す経験をしていないからです。学校ではどんどん間違えて、卒業するまでにできるようにトレーニングするという発想にならないと変わらないのではないでしょうか。
−− 中嶋さんは高校からオーストラリアだそうですが、英語は話せたのですか?
中嶋 いいえ、ほとんど話せませんでした。日本の普通の中学生です。入学した現地の高校では、父親に最初の一年は友達をつくることに専念しなさい、成績は気にしなくていいと言われて気持ちが楽になりました。溶け込むのを音楽が助けてくれて、友達ができると次第に英語でコミュニケーションできるようになりました。
−− 欧州に活動の場を移されてからは、イタリア語、ドイツ語、フランス語ですね。
中嶋 ええ。英語でなんとかなると思っていましたが、とんでもありませんでした。欧州の教養人はドイツ語、イタリア語、フランス語など複数の言葉を使い分けます。すぐにそんな風になれませんが、まず自分の考えを伝えられ、相手の話がわかる言語をひとつつくることが大切です。オペラに言葉は欠かせませんから、演じながら身体に沁みこませて、今では家では主に英語、夫と二人の時はドイツ語、子供たちはフランス語も話します。
−− 農楽塾では語学も特訓します。
中嶋 発声やリズムなど基本的なところから留学やオーディションに必要なところを集中的にトレーニングします。その国の文化を知ることも大切なので、ソーセージやピザなど講師たちの母国の料理を一緒につくって食べることもあります。
−− ところで先日拝見したオペラハイライト公演では日本語で字幕があったので、とてもわかりやすかったです。
中嶋 欧州では字幕をつけることが多くなりました。前の座席の背に字幕が出て、言語を選ぶこともできます。以前は他の言葉に翻訳したこともありまたが、イタリア語で『ティアーモ』を『アイラブユー』や『愛してる』と歌うのは落ち着きが悪く、元の言語でやるのが主流になっています。
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